2021年のウェブ進化論

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梅田望夫。この名前を聞いて何らかの反応をするひとと誰この人?という感想を持つひとにテクノロジー業界人は二分されると思います。この方は、21世紀初頭に「インターネットによってもたらされる産業構造と社会の大変革を熱く語り、その代表著作『ウェブ進化論』を世に送り出した人です。

 

2006年に書かれた『ウェブ進化論』は話題になりました。注目度が上がれば上がるほど賛と否の意見が飛び交うのは世の常で、否定的な意見の多くは「特に新しいことは書かれていない」、「グーグルとオープンソースに肩入れし過ぎ」といったあたり、あとは、話題本には必ずつきまとう、重箱の隅を突いて批判する人々も散見されました。

 

ぼくはこの本に感銘を受けた者の一人です。当時、一種の大企業病に陥っていたぼくは、会社の外の世界のことを知らなさ過ぎた、ややもすると時代の変化に取り残されかねない状況にありました。そんな折、競馬観戦を終えた帰りの道すがら府中駅近くで立ち寄ったた本屋で平積みされていたこの本に目が止まり、なんの気無しに購入したことを覚えています。

 

この本のすばらしさについて、ぼくは当時のプログに以下のように書き残していました。

 

  • テクノロジーが世の中を変えると力説しておきながら技術論にはまったく走らずひたすら技術応用面(利用者にとっての価値)を説いていること。
  • 対象物 -ウェブ、インターネット、グーグル、その他もろもろのテクノロジー- との距離感がすばらしい。この手のことを語りだすと、とかく微細な部分への言及が増えてしまいがちだが、あくまで「一歩引いて」論じており、個々の技術ではなく大きな世の変化、パラダイムシフトという観点、つまり「流れ」の視点が貫かれていること。
  • 引用している様々な現象について表面的になぞることは一切せず、つねに「本質は何か」を語ることを忘れていないこと。
  • 一分のスキもない文章。「よいことを書いているな」と思ったページに折り目をつけていったのですが、あるとき、文頭からすべてのページが折り込まれていることに気づき、ページ折りをすることはやめました。きわめて簡潔でかつ的確な表現による説得力のある文章の連続です。

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その『ウェブ進化論』を2021年の今、Kindle版で買い直して(同書が書かれた頃はKindleはこの世に存在していませんでした)、じっくりと読み返してみたのですが、やはりすごいですねー。当時の感動が蘇ってきました。まず何がすごいって、読む人によっては煽り過ぎ、大袈裟、と捉えられかねない、力強過ぎる文体です。そして、テクノロジーによってもたらされる世界の変化を大局的に捉えている点。この本が書かれた頃は、iPhone/スマートフォンYouTubeFacebookTwitterInstagramもなかった時代です。当時無かったこれらのサービスや技術の登場を予見しながら興奮している様が言語化され、その興奮に共鳴できる精緻で力強い文体で書き下ろす著者の文章力に、ただただ感動した感覚を再び味わうことができました。

 

グーグルに傾倒しすぎてマイクロソフトを旧時代の巨人かのように描いているのは、今読むと興味深いですね。もちろん、当時のマイクロソフトは「前ウェブ時代」の象徴的な存在だったのかもしれませんが、その後マイクロソフト自身も大改革を実践し今でも引き続きテクノロジー世界の巨人であり続けていることは周知のことと思います。

 

前ウェブ的な存在を「こちら側」と呼び、新時代が生きる場所を「あちら側」と表現したのもこの本です。「あちら側」の可能性とそれによってもたらされる大変革は、15年経った今でもまだ道半ばという印象です。まだまだ、当時の興奮を思い出して、感動を行動に変える機会は多く残されています。

 

冒頭の写真は、『ウェブ進化論』の数年後に書かれた梅田さんの本の記念講演会に参加して梅田さん自身に書いていただいたサインです。この講演会では参加する前から「絶対に何か質問してやるぞ」「梅田さんとリアルなコンタクトをしてやる」という強い思いを持って臨み、実際に参加者からの質問時間に挙手をして梅田さんの考えについて質問をしました。講演会最後に参加者が一列となってサインをいただくサイン会があったのですが、ぼくの番になった時に梅田さんがぼくの顔を見上げて「あ、先程質問された方ですね」と言っていただいた時のこともはっきりと記憶しています。

 

あらためて、テクノロジー業界に身を置けていることに興奮と感謝を覚えつつ、テクノロジーが生活を豊かにすることを信じ続けて、日々精進して参る所存です。