ブログは道。 〜 『頂点への道』(錦織圭、 秋山 英宏)


プロテニスプレイヤーの錦織圭選手、見事バルセロナ・オープンを連覇しましたね。決勝はテレビで生観戦していましたが、決して順調とは言えない苦しい展開の中、底力の違いで栄冠を勝ち取ったというふうに見えました。


…などと言ってはおりますが、ぼくはテニスのことはあまり知らなくて、もちろん各種報道などから伝わる錦織選手のめざましい活躍は認識していましたが、まあその程度であって、彼のこともテニスのこともこれまでほとんどわかっていませんでした。そんなぼくが錦織選手の自著『頂点への道』を手に取ったのは全く唐突な出来事で、たまたまネットで見かけた同書の紹介記事にあった彼の言葉に興味を持ったからなんですね。今思えば、そのネットの記事というのは本の共著者であるスポーツライター(秋山英宏氏)が書いたものだったので、まんまと著者の宣伝文句に乗せられたとも言えるわけですが。


とは言えこの本、期待にばっちりこたえてくれる良書でした。


錦織圭という超一流アスリート
テレビ映像などを通じて見る錦織くんはひょうひょうとしていてどこか抜けた印象さえあるイメージを持っていたのですが、それは彼という人間のほんの一部でしかないということが本を読み始めて10分でわかってきます。テニスに向かっているときとそうでないときの彼のギャップがあまりにも激しいので、ぼくのような(ファンとは言えない)一般人には彼の本当の姿が見えていなかったのでしょう。ただ、この本で得られるのはそんな彼の意外性の発見だけではありません。むしろそれ以外の要素のほうが厚く重く書き込まれています。


それは、プロスポーツに真摯に向き合う者が共通に持つであろう(持つべきであろう)プレッシャーや葛藤であったり、一流選手に備わる驚くほどの忍耐力やゆるぎない信念、あるいは困難に立ち向かったときの柔軟性や適応性など、テニスを題材にしてはいるものの実のところぼくらの日々の過ごし方、生き方、そして仕事への取り組み方へも見事に適用可能な非常に参考になるメッセージが練り込まれているのです。正直に申し上げると、彼がここまで「考えに考え抜いて」、「極めて冷静に自分を見つめ」、「辛抱強く」、そして、そんな「頭の中」と肉体をものすごい力で結びつけているのだということにこれまでまったく気づいていませんでした。普通に考えれば…、そりゃそうですよね、世界ランキング5位ですよ、当然だよね、、、と今は思えますが、まったくお恥ずかしい話です…。


ブログの力
『頂点への道』は、錦織選手が2009年ころから始めたブログをまとめたものです。

本書のベースとなった錦織圭選手のブログ(錦織圭公式サイト)
http://blog.keinishikori.com/

この、「ブログをベースにしている」という形式が、この本の価値を高めるために重要な役割を担っています。


本全体の構成は、肘の故障による長期休養明けのころ(2010年)のブログ転載から始まって、1年ごとに区切られた章はそれぞれ「復活」(2010)→「模索」(2011)→「成果」(2012)→「苦闘」(2013)→「変化」(2014)→「頂点」(2015)と名付けられています。これら章立ての命名がほんとに絶妙なんです(読むとわかります)が、さらに、本を読み進めていく中で錦織選手の成長や挫折、さまざまな葛藤や苦悩を時系列で振り返るソースとしてブログという媒体はぴったりだなあ、と感じるようになっていきました。後から記憶を引き出してきて書く(あるいは語る)のと、その時々でリアルタイムに記録されてきたブログを引用するのとでは、生々しさが違います。と同時に、ブログというものは点ではなく連続性のある「線」な存在(言葉と時間が結び付けられた状態で、記憶を次々と重ねていくようにて保管されていること)なので、ある地点からある地点までの「道のり」そのものなのですね。まさに書名にある「頂点への道」を記したものが彼自身の手によるブログなわけです。


道すなわちブログ。


錦織選手はほんとによく考えるし切れがいいし自然体だし何事にも前向きだし、とにかく読んでいて楽しいですよ。遅ればせながら彼のブログをRSSリーダーに登録したところです。


頂点への道

頂点への道