伝えたいことと伝えてもらうこと


昨日と本日の2回にわたって、以下のような内容の「告知」(本体はこちら)をツイッター上で流させていただきました。

伝えたかったのはここに書かれていることがすべてで、同僚の知人の息子さんへの募金呼びかけでありました。(「救う会」のページはこちら。共感される方はご協力をお願いします。ツイッターでは多くの方にRTいただき感謝です!)


ツイッターをやっていると、時折同様の呼びかけを目にすることがあります。ツイッターはこういった情報を多くの人々へ伝えるには最適なメディアのひとつですが、勘違いしてはいけないのはツイッターはマスメディアと対極にある個のメディアだということです。自分のフォロワー(自分をフォローしている人々)へは伝えたいことを直接届けることができるかも*1しれませんが、そこから先にRT(コピーの拡散)され情報が伝播していくのはあくまで個々のユーザーの意思によるものです。


よく「拡散希望」と書かれたツイートを見かけますが、こういう態度は情報伝達をコントロールしようという意図や若干の胡散臭さを感じて、個人的にはその発言や発信者にあまりいい印象を持てません。いわゆる企業による宣伝の類であれば「まあ、そういう会社もあるよね。彼/彼女も仕事でやってんだよね」で済ませますが、今回のように人の善意を集めようという話なのであれば、RTもそれを読んだ方の自由意思にお任せすべきものではないか、と思います。「多くの人に伝えたい」という気持ちは理解できるのですが、ツイッターというメディア上では、自身の影響範囲への直接的な働きかけと、それを受け取った方の次の行動とは切り離して考えるべきではないでしょうか。

*1:「かも」ということと私が2回もツイートしたことは関連があります。私がツイッターで何かをつぶやいたとして、それを私のフォロワーさんすべてが目にしている確率は決して高くはありません。しかし、私に何らかの興味を持っていただいて私をフォローしてくださっている方々にはぜひとも届けたかった「私の声」でしたので、時間帯をずらして2度ツイートしたわけです。