持続的なイノベーションと非連続なイノベーション


栗原潔さんのブログで「破壊的イノベーション (disruptive innovation)」の意味とその邦訳についてのエントリーを見て思い出したことがひとつ。


"disruptive" という言葉はマーケティングの教科書や昨今のビジネス世界において「破壊的な」という日本語に置き換えられることが多く、"disruptive innovation" も「破壊的イノベーション」という邦訳が事実上の標準となっています。しかし、栗原さんも言及しているように、とりわけテクノロジー業界では「持続的な (sustainable)」という言葉と対比されて使われるケースが多いように思います。この場合、"disruptive" は「非連続な」というニュアンスで用いられ、ポジティブな意味を持つことが大半です。


思い出したことというのは、SAPが2年前にはじめて使った(と思われる)「innovation without disruption」という言葉。(プレスリリース:http://www.sap.com/about/press/press.epx?pressid=6711。邦訳はこちら)


ERP 界の巨人である SAP が30年以上にもわたって磨きをかけてきたその巨大なソフトウェアは、まるで継ぎ足し継ぎ足しで作り上げてきた老舗うなぎ屋の「秘伝のたれ」のように、もはや分解不可能なまでに高度に複雑化した構造そのものに換えがたい価値があるような存在になっていました。そんなとき、SAPは自身の秘伝のたれ (=ERP) が提供する伝統の味 (サービス内容) はそのままに、ソフトウェアとしての構造に柔軟性を持たせるべく、思想的・技術的にまったく新しいアプローチ (SOA) を開始しました。


通常、ソフトウェアというものはバージョンアップを重ねることによって「持続的に」機能強化をしていきます。いかに思想的に・技術的に優れた機能を備えていたとしても、従来から使っている環境を大きく変化させるものは簡単には市場に受け入れられません。うなぎ屋のたれの味を継ぎ足しによって磨いていくことは「持続的」ですが、まったく新しいたれの調合法やうなぎの調理法が生まれたとしても (しかも後世から振り返ればその変化が次の時代を作るものであったとしても)、板前も消費者も容易には「乗り換え」ないでしょう。革新的な世界というものは常に非連続の先にあるものです。SAPが言っている「innovation without disruption」は、非連続ではない革新的な世界を手に入れましょう、というコンセプトです。つまり、いまの ERP を「持続的に」継ぎ足し利用していくことにより、知らず知らずの間に革新的な技術基盤をも手に入れることができる、という考え方。イノベーションへの「乗り換え」を持続的に実現しちゃいましょう、というのが SAP の主張なわけですな。


技術的に厳密な話はひとまず置いておいて、持続的か非連続かは利用者にとっては重要な話なので、それがイノベーションであろうとなかろうと、ベンダーとしては常に顧客重視で行ってほしいな、と思う次第。「持続的な」バージョンアップ作業自体、大変な労力を使うわけだし。(って、何の話だったかわかんなくなっちゃったな)