『松井教授の東大駒場講義録』について


「地球・生命・文明の普遍性を宇宙に探る」ということに関して、いま少しだけ興味を持っています。大学時代は不良学生でしたが、少なくとも受験期は真剣に物理学を志していた者として、このテーマに少なからず興味があるのは当然のことと言えます。先日 Podcast のとある番組で東大大学院の松井孝典教授がこれらについて語っているのをたまたま耳にし、失いかけていた記憶の部屋への扉をノックされた気分になりました。


早速本屋へ走り何か松井さんの本はないかと探したのですが、お目当ての本は在庫切れで、(仕方なくといっては失礼ですが)『松井教授の東大駒場講義録』という新書を購入しました。この本はそのタイトルどおり、東大駒場へ通う同大学教養課程の学生向けに松井さんが2年前 (2005年) に行った全11時限の講義録を再構成し書籍化したものです。本のコンセプトとして「高校レベルの物理や化学の常識で読みこなせる一般教養書を目指した」とありますが、内容のトーンは文系のひとには正直かなりツラいものかと思います。私自身、「高校レベルの物理」の記憶がとうの昔にすっ飛んでいる状態ですので一回通しで読んだだけではスッと腹に落ちない部分が数多く残りました。


とは言え、です。次の2点において価値の高い本でした。


(1) 地球を出発点に、自身や太陽系の起源、そしてその先の宇宙へという視点
一般に、宇宙を語る本では宇宙全体を俯瞰するかなり大きな視点で、かつそこで説明に使われる論理展開もかなり本来的な物理学的考察を使って語るものが多いように思います。それはそれで良いのですが、なにか自分たちの日常とはかけ離れた「壮大な宇宙の神秘」的なものになりがちで、非現実性の中での知識欲を刺激する対象でしかないように思います。一方この本では、出発点は常に地球であり生命であり人間の文明であり、それらのどこが普遍的でどこが特殊なのかという視点で宇宙を読み解こうとしています。説明に使われる物理法則は意外なほど少なく、むしろ地質学であったり化学の要素が多いように感じました。これが意味するところは、比較的私たちの "目に見える範囲" で話が語られているということです。そしてそれは、我々はいまどこに立っているのかを明確にすることにつながり、我々が今後どうなっていくのか(どうしていくべきなのか)の示唆に富んだものにもなっています。


(2) この分野の研究はまだまだこれからである
海はいつごろどのように形成されたのかということ、かつて火星にも海があったことの証拠、太陽系以外の惑星系が初めて見つかったのは1995年である、といったような、科学者の間ではとっくの昔に常識だったんだろうな、と漠然と思い込んでいた事柄が実はどれもごくごく最近(ここ15年くらいの間に)明らかになったり、証拠が見つかったのだということを知り、ちょっと驚いています。よく聞かれる言い回しですが、やはり私たちは「まだまだ何も分かっていない」のですねえ。宇宙はおろか、地球のことも、です。今の学生はうらやましいです。


余談ですが、太陽系の一番外側の惑星(だった)冥王星が先日格下げになりましたが、この本の中でも「冥王星を惑星として扱うのは疑問」というコメントがちらっと出てました。質量が月の約5分の一しかないっていうのですから、仕方ないか?