ヒップホップ兄ちゃんと泥酔爺


ひと月ほど前の夜の宇都宮線での話。


ぼくは扉近くの手すりのところに立っていました。同じ扉の反対側には、ヒップホップな感じの若い男子が「つか、やってらんねー」とでも言いたげな反逆的な空気をビシビシ漂わせつつ耳にしたヘッドフォンからは音漏れ。


そのお兄ちゃんの脇、つまり、扉に一番近い席にはヨレヨレの男性のお年寄りが座っていました。手に持った缶ビールをチビチビ飲みながら半分ウトウト…。かなり酔っ払っている様子でした。


ああ、その缶ビール、危ないなあ、落とすなよ、、、とヒヤヒヤしていた矢先、その泥酔爺の手から缶ビールがするりと抜け落ち、そのまま床へ。びしゃーー。あたりには急激にビール臭が漂います。


落ちた缶ビールのすぐ脇にはさきほどのヒップホップ兄ちゃんが立っているわけです。あちゃ、こりゃまずい、喧嘩とかすんなよ、、、と思っていたら、床に置いてあった兄ちゃんのものと思われるカバンの位置を、かがむわけでもなく足だけを使って(ビールに濡れないよう)ずらす兄ちゃん。かなりふてくされているようにも見えましたが、今時の若者らしく、なんとも無表情。「ざけんなよ」くらいは心のなかでつぶやいていたかもしれません。その間、ビールをぶちまけた張本人である泥酔爺は何をしていたかというと、酔っ払ってるせいなのか、事態を把握できずにただ呆然と床に広がるビールを眺めているだけでした。


とその時、ヒップホップ兄ちゃんは何かを思い出したかのように自分の鞄の中をゴソゴソと漁り始めました。取り出したのはティッシュペーパー。すると、ふてくされていたかのように見えた兄ちゃんが、取り出したティッシュを使って床のビールを拭き始めたではありませんか。泥酔爺は相変わらずなすすべなくぼーっと座っています。ありがとうとも、すみませんとも、何も言わずにじっと状況を見ています。それでも兄ちゃんは床を拭き続けます。


夏の夜の風景でした。