イノベーションを強要してはいけない (ストビューの話の続き)


ストリートビューについての改善策が明らかにされたことを受けて Twitterつぶやいたところ、樋口さんに引用していただいたので思うところをちょっと補足します。


ぼくはストビューを語るときに「プライバシー」という言葉をできるだけ避けています。これは、ストビュー、とりわけ日本の住宅地の扱いについて、今を生きる人間としてどう感じるのかに絞った意見を述べたいからです。「プライバシー」と言い出すと、どうも法律の解釈が軸になった議論になってしまいがちだと思っていて、いえそれはそれで大いに結構なのですが、少なくともぼくは法律の専門家ではないのでそういった議論には入れないし、合法だから問題ないのであるなんて話には耳を傾けたくない。


ということで法的なことは専門家に任せまして、純粋に人間的にこの問題を眺めると、これは要はバランスの問題なんですね。ぼくは、グーグルのない世界など考えられないくらい彼らにはお世話になっていますが、住宅地のストビューが気持ち悪いという感情は、同サービス日本上陸から相応の時間が経過した今でも全く変わりません。かといって、現時点で住宅地のストビューが悪であると断言できるほどの材料も自信もない*1イノベーションてのは既存概念では捉えられないですしね。だから、強制的に撮影対象者になってしまう住民に対して破壊者は十分な配慮をし、既存概念とイノベーションの微妙なバランスをとる努力を相当に真剣に、そして継続的にやっていただきたいのです。


今回のグーグルの措置は前進ではありますが、まだ努力は足りないと思っている。だから、『後ろめたくないようなので、住宅地を撮影しているときは「いま撮ってます」を拡声器で叫びながらやってほしい。皮肉ではなくまじめな話 > グーグルさま』とつぶやいたのです。大真面目に。騒音問題が気になるなら、グーグル色に染め分けた派手な車で注目を集めながら撮影すればよろしい。

*1:だから我が家の写真は削除依頼してません