生命は流れの中にある〜『生物と無生物のあいだ』


カブトムシの羽化に遅まきながら感動したこの夏*1、「生命 (とその仕組み) とは何か」について一般人にもわかる言葉で語られた本を求めて書店へ向かうと、ベストセラーコーナーで平積みになっている『生物と無生物のあいだ』にあっさりと出会いました。


同書の筋書きは6ページからなる「プロローグ」の中に凝縮されています。この導入部分では、本編で登場する数々のキーワードやメッセージがちりばめられており、読後にあらためて読むと同書がいかに巧みに構成されているかが確認できます。したがって、プロローグを読んで興味が持てればレジへ向かえばいい、そういう本であります。全体を通じてやや文学的と言うか、日常あまりお目にかからない表現が随所に見られるのが個人的には気になりましたが、その点を除けば力強く説得力のある文章であり、表現されている内容も驚きの連続で、良書であると思います。


本編前半ではまず、"生物か無生物か" 論議でよく引き合いに出されるウイルスのふるまいを解説することによって筆者の考える「生物/無生物の境界」をクリアにし (つまり同書のタイトルに一旦結論をつけ)、続けて生命の不思議を解き明かすための基本要素 -- DNA の構造とその複製メカニズム --、そしてそれらをめぐる学者たちの歴史へと展開していきます。


本書の真髄は後半。顕微鏡で観察できる生物学の領域から話は一気に量子論の世界、物理学へと飛んでいき、物質の振る舞いを記述する物理学と生命の不思議をドラマチックに結びつける「動的平衡」論へと読者を導きます。そもそもなぜ私たちはいまの形、大きさの生命を維持できているのか。その鍵を一旦は物理法則に求め、続いてそのありさまを「動的平衡」と表現しています。私たちの肉体は、ほとんどすべてのパーツ (パーツ = 細胞よりもっと細かいレベルでの部品 -- タンパク質など) が常に入れ替わり続けている "流れ" の中にあること、そして、誕生の過程においてまるで神が操っているかのように生命というネットワークが分化、形成されていくストーリーを、ジグソーパズルの例えを操って語り明かしていきます。


地球物理学者の松井孝典教授によれば、上述のような話は少なくとも地球上の性粒に対して成り立つ「地球生物学」の範疇と言えます。この理論が地球外でどこまで普遍性を持つかについては同書の範囲を大きく超えますが、それは、同書で語られた「生命とはどういう振る舞いをするものか」( = 生命の不思議) からさらに前進し、「生命とは何であるか」の本質を明らかにしていく過程において見えてくるのでしょう。そこでは再び物理学が大きく関わっていくことになるはずです。


生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

*1:その2匹のカブトムシですが、今日、両方とも死んでしまいました...涙