長生きしたくなってきた!

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「長生きしたくなってきた!」という発言をSNSで見かけて、ちょっと(いや、だいぶ)心がキラキラしました。


この友人の発言は、様々な最新デジタルテクノロジーによってもたらされるとってもワクワクする現実(未来ではない!)を目の当たりして、このワクワク感を少しでも長く感じていたい、加速していくテクノロジーの発展が導く未来を少しでも多く体験したい、という心情の表れだと思います。ぼくも、全く同じ気持ちでテクノロジーの進化を見つめていますし、そういう意味で(も)長生きしたい!であります。


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家族のために少しでも長く健康でありたい、という思いがぼくの人生における最優先事項ではありますが、テクノロジーが創る未来をもっともっと見ていたい!という純粋な好奇心もまた、ぼくという人間のベースになっているんだなあ、と再認識する出来事でした。

正しさの暴走

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Facebookのタイムラインでたまたま出会った、『正しさが暴走するこのインターネットは早急に滅ぶべきである』という投稿には、実社会やネットのそこかしこで起きている「正しさの暴走」について筆者の思いが綴られています。正しければ何をやってもいいのか、そもそも正しいって何だ、「正しいこと」の反対は「正しくないこと、間違ったこと」ではなく「別な正しいこと」ではないのか、といったようなことをよくよく考えさせられる洞察が、子供たちの一社会である学校での実話をもとに語られています。「正しいこと」であればそれがいかに暴力的であろうとも、標的となる人間がどのような状況に追い込まれようとも、とにかく正しいものは正しいのであるからして間違っていることは正さなくてはいけないのである、正しくないとされた人間は謝罪し悔い改めなくてはいけない、という正論の強要、「正しさ」の暴力が増幅し拡散するエンジンたるインターネットなどは滅んでしまえ、と筆者は言うのです。 

ten-navi.com

 

ぼくは、インターネットが滅んでしまえとは思わないけれど、この筆者の言う正しさの暴走という視点には激しく共感を覚えます。それはネットのような場での個々人の言動にとどまらず、今に始まったことではありませんが、メディアやマスコミにも時として錦の御旗として「正義の味方」、「"真実"を伝える媒介者」という立場からの強烈な暴力行為が起きえます。こんなことを書いているのは、まったく時期外れではあるんですが、「STAP細胞騒動」の渦中で大変な有名人となってしまった小保方晴子さんの著書である『あの日』を知人の勧めでたまたま読んでいたところだったからなんですね。『あの日』には、小保方氏の青年期から一連の騒動の裏側までが淡々と手触り感ある文体で語られています。そこに書かれている騒動の顛末や科学的な正誤についてがどれだけ "事実" なのかはぼくには判断がつきませんが、ここでぼくが共有したいのは、その騒動のさなかで彼女が受けた暴力のすさまじさです。報道機関は一体何を大衆に伝えたかったのか、それは裏を返すと、私たちは本当に何を知りたかったのか、が「知る権利」という「正しさ」のもと極度にねじ曲がり、変質し、結果として、個人への暴力という形で、そして関係者が自ら命を絶つという事態まで発生させ、延々と暴走していたことをぼくたちは知っているべきだし忘れてはいけないんだ、と思うのです。

 

善悪という対立構造はシンプルだけれど、人の行動や世の中で起きていることの善悪なんてそんな簡単にふたつに分けられるものじゃない、とぼくは考えます。昔読んだ本で、誰の本だったかは忘れてしまいましたがそこに書かれていた今でも心に刻まれているフレーズがあって、それは、"真実" は主観的であり "事実" は客観的である(べきである)、というものです。"真実" は人の数だけあるわけで、それはある意味「正しいこと」は唯一無二のものではない、ということも意味します。日々の生活の中で正しさを盾に他人への暴力に走ってはいけないし、取材・報道という名目で "事実" を歪曲し "真実" を伝えようとすることも人として恥じるべき行為なのではないか、と最近ポツリと感じたのでした。

  

あの日

あの日

 
あの日

あの日

 

 

名刺交換

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 ここのところ品川駅では、「最近、駅構内で名刺交換を執拗に迫る迷惑行為が多発してるので注意してね」という構内アナウンスが毎日流れています。なるほど、この手の研修という名の迷惑行為が多くなるのはちょうどこの時期ですね、たしかに。

 

というか、まだあるんですね、こんな研修。

 

ちなみにぼくが社会人一年目に経験した研修は、当時まだ元気だったオフコンとその周辺機器を組み合わせたちょっとした「ソリューション」を飛び込み営業するというものでした。研修中の若造に飛び込み営業された方も迷惑だったでしょうが、こちらはそれなりに必死。無茶なことやらせるよなあ、という反発心も持っていましたが、一応会社の名刺を持たされていたので、会社の方もそれなりの覚悟というかリスクを背負っての根性研修だったのでしょう。

 

そんな研修だから何も得るものがなかったのかと言われると、無意味というほどでもなかったかな、とは思います。無駄なプライドを捨てるとか、言葉で言われてもなかなか体得できないことを短期間で得られた気はします。たぶん。

 

とは言え、相手のあることだから、迷惑行為との差は紙一重。同じことを学ばせるにしても、社会を巻き込んだ形でやる必要があったのかと自問すれば、別な手段もあったはずと思います。冒頭で触れた、とにかく名刺交換させてくださいと迫るのは迷惑行為であるだけでなく、構内放送も言っていましたが犯罪に結び付く要素も持ち合わせています。根性を鍛えるのも研修の大事な目的のひとつかもしれませんが、別な方法でお願いしたいものです。

 

「後ろ倒し」って何だ

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 NHKのニュースを見ていたらアナウンサーが「後ろ倒し」という表現を使っていたので、おやおや後ろ倒しって標準的な日本語としてアリになったのか?と不思議に思い、ちょっとメモ。


物事を予定より早めに完了させることを「前倒し」と言いますが、その対義語的に「後ろ倒し」という表現を耳にするたびに、そんな日本語あるのか?、といつも違和感を持っていました。実際、広辞苑にはそのような言葉は見当たらないそうですし、前倒しの反対語は「先送り」や「後回し」だと思っていたので、後ろ倒しって奇妙な言い回しだなあ、と常々感じていたわけです。

 

で、後ろ倒しと言及したNHKにも言い分があることをFacebookで教えてもらいまして、読んでみました。

www.nhk.or.jp

 

この説明によると、後ろ倒しという言い回しは、実質的には先送り(=設定した期日に間に合いそうもないので期日を先延ばしにした)なのに「先送り」という言葉の持つネガティブさを ”中和" するために政治家や官僚が編み出した高等表現のようです。やろうと思ってて間に合わなかったことを棚に上げていかにも予定通りですと言わんばかりの「後ろ倒し」なわけですね。なるほど、この言葉の持つ気持ち悪さが納得できた気がします。

 

一方で同じ記事では、「前倒し」という言葉自体も古くから存在していたものではなく、1973年ごろに生まれた官僚俗語であると説明されています。そうか、自分が小さな子供のころからあった言葉なので違和感感じなかっただけなのか。。。「前倒し」=予定より早く終わるんだから良いこと、「先送り」=期限を守れなかったのだから悪いこと、というイメージも実は必ずしも正しくはなかった、ということになります。ことばは生き物だ。

 

ちなみに、業務アプリケーションの世界では「後ろ倒し」も「前倒し」もどちらも一般的に使われているようです。生産管理の世界において、もともと予定されていた予定を変更する際の用語として1990年代から使われていたとのことでした。

女傑ヒシアマゾン逝く

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女傑と呼ばれた競走馬、ヒシアマゾンの訃報が届きました。平成2年に生まれ平成最後の年にこの世を去るという、まさに平成を生きた彼女は享年28歳。人間で言えば80〜90歳にはなろかという、大往生ではないだろうか。

JRAのレース構成において外国産馬(外国生まれ)の扱いがまだ限定的だった時代にもかかわらずターフで輝いていた彼女は、G1レースの戦績から見れば、ダービーやジャパンカップ を勝ったウオッカやその強力なライバルであったダイワスカーレット(関連記事: 『誰も彼女を追わなくなる 〜 最強牝馬ダイワスカーレット』)、ごく最近の例ではアーモンドアイのような牡馬を蹴散らす超女傑たちとの比較においては見劣りがするものの、平成競馬の歴史にしっかりと名を残す名牝であったと思います。残念ながら繁殖牝馬としては成功しませんでしたが…。

アマゾンと言えば、Amazon.comが生まれたのはヒシアマゾン誕生より後なんですね。ヒシアマゾンは「アマゾネス」、Amazon.comアマゾン川がその名の由来と聞きますが、デジタルな世代観から見つめると、「デジタル夜明け前」に疾走したアマゾネスは、平成の終わりとともに、デジタル変革がいよいよ本格化という時期にひっそりと旅立った、そんな人生だったんですね。

 

四月馬鹿

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ここに来てぼくのまわりのIT業界では、マイクロソフトを筆頭に、「エイプリルフールってことで手の込んだウソをつく」のはやめようやという動きが出ています。世の中全体を見渡しても、新元号発表が影響したのかしないのか、かつてほどの賑わいは見せていないようです。

 


ちょうど10年前、4月1日にウソに満たされた国民をエイプリルフール疲れから回復させるために4月2日を国民の休日にしてはどうかとつぶやいたりしておりましたが、そういう必要もなくなってきそうですね。エイプリルフールは、おそらく、経済的効果を生まないただのから騒ぎのようなもので、企業がこれに積極的に取り組むのはお堅い言葉で言えば費用対効果が低すぎるということでしょう。そう考えると、重ね重ね、としまえんの「史上最低の遊園地」は秀逸な四月馬鹿でした。

 


令和年代は、企業の持つユーモアのセンスは、別なところで、独自のタイミングで、戦略的に、生かしていく時代なのかもしれません。

クルマの装備における絶滅危惧種の件

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ベストカーWebで『【ボンネットマスコット、ドアバイザー、背面タイヤ…】絶滅危惧装備の現状と行方』という記事があり、個人的に思うところがあったので簡単にメモ。

 

 

 記事の中で指摘を受けている「絶滅危惧装備」の中で、一番不可解な存在として以前から気になっていたのはドアバイザーですね。国産車については異常なまでの装着率で、フロアマットのように「付けてあたりまえ」な存在となっていました。ドアバイザーの効能については記事にもいくつか説明がありますが、エアコン装備が常識となった現代では、肩身がどんどん狭くなっている喫煙者の換気用途以外にはもはや装着する理由はないと思うんですが、いまだに国産自家用車での装着率は肌感覚では80%から90%以上はあるのではないでしょうか。ディーラーとバイザーメーカーが癒着しているのではないかと思うくらいの普及率です。絶滅危惧装備として紹介されてはいますが、本当に減ってきているんでしょうかね?(減っているようには見えませんが…)

  

それ以外で記事で取り上げられている装備について、個人的「必要ないじゃん」順でひとことずつコメントします。

  

イエローフォグランプ

そもそもフォグランプが必要になるケースが日常的にどれだけあるかというと、住んでいる地域にもよりますが、少なくとも首都圏ではほぼないですね。装着するにしても、昨今ではLED化が進んでいるし、ヘッドライトは「白」ですから、イエローは不要でしょう。

 

 スペアタイヤ

収納スペースや車重を占有してしまうスペアタイヤは、なくせるものならない方がいいですね。ぼくの愛車はランフラットタイヤ(側面が強化されていて、パンクしてもタイヤがつぶれず一定距離走行可能)ですのでスペアタイヤは搭載していません。SUVなどでスペアタイヤを後ろに背負っているクルマも最近は減りました。

 

 グレードのエンブレム

自分のクルマのグレードを他人にアピールしたい人以外には不要な装備ですね。とはいえ、グレード表記(「なんちゃらサルーン」とか)と車種表記(排気量などに関連付けられた英数字が多い)はどこに線引きがあるんだ、と言われると、グレーなところは否めません。車種表記についてはあってもいいと思うんですが、それも結局、グレードをアピールしたいDQNマインドと似たり寄ったりなのでしょうか。うーむ。

  

サンルーフ

サンルーフはあってもいいんじゃない? ぼくはサンルーフ付きのクルマを所有したことはありませんが、他人のサンルーフ付きクルマに乗せてもらったときは、オープンカーには遠く及びませんがそれなりに爽快感や解放感はありましたよ。車重に響くというデメリットはありますが、これは好き好きじゃないですかね。

 

 ボンネットマスコット

これはなくなってほしくないなあ。以前、ボンネットマスコットが乗ったクルマを所有していたことがありましたが、運転中の目印になってくれるので何とも言えない安心感がありました。たしかに、これを装備するクルマはどんどん減ってきていますが、前出の「グレードのエンブレム」のような顕示欲からではなく、実用的な装備としてぼくはとても好きです。

 

 逆に、ここ最近登場してきた新しい装備に触れてみますと、「流れるウインカー」、別名シーケンシャルウインカーはちょっと苦手です。どこぞのネオン街かパチンコ屋か、ってうビジュアル感であまりお上品には見えないんです。(あくまで個人の感想です)

 

 こちらからは以上です。